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国選弁護人と私選弁護人の違いについて
〜費用をかけてでも私選弁護人を依頼した方がよいのはどのような場合?
(平成30年6月,改正刑訴法施行をふまえて)
「昨晩,私の兄が警察に逮捕されてしまいました。希望すれば国選弁護人が就いてくれるのですか。
それとも,費用をかけてでも私選弁護人をお願いした方がよいのでしょうか。」
具体的な話をする前に,2点ほど刑事訴訟法の話をさせてください。
1点目 私選弁護人が原則
まず,法の建前としては,弁護人は自分で費用をかけて依頼すること,つまり,私選弁護人を依頼することが原則とされています。
刑事訴訟法は,「貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」に,国選弁護人を付することとしており(同法36条,37条の2),国選弁護人の選任を請求する場合には,資力申告書を提出することが必要であり(同法36条の2,37条の3),資力基準を超える被告人が国選弁護人を請求するには,管轄する弁護士会に,一度は私選弁護人の紹介を申し出ていなければなりません(36条の3,37条の3)。
とはいえ,弁護士費用を負担できるだけの資力がない被疑者,被告人の方が多く,件数的には私選弁護人よりも国選弁護人の方が圧倒的に多いのが現状です。日弁連の調査結果などを見ると,弁護人が就いた事件のうち私選弁護人が就いた割合は,近年は2割程度で,かつ,減少傾向にあるようです。
2点目 被疑者国選弁護人制度の導入・拡充
近年,国選弁護人の制度に大きく変化をもたらしたのが,被疑者国選弁護人制度の導入と拡充です。
かつては被疑者段階,つまり,逮捕,勾留されていても起訴されていない段階で国選弁護人が就くことは,制度上ありませんでした。
しかし,刑事訴訟法の改正により被疑者国選弁護人制度が導入され,平成18年10月に一定の重大事件について施行になり,その後の平成21年5月から「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固に当たる事件」に被疑者国選弁護人が就けるように同制度が拡充され,さらに,平成30年6月からは,勾留されたすべての被疑者の事件について,被疑者国選弁護人が就けられるようになりました。
その結果,現在は被疑者が希望すれば,“勾留された段階”からは,罪名を問わず全ての事件について,国選弁護人が就けられるようになりました。
それでも私選弁護人を選任する必要があるのか?
被疑者国選弁護人制度が拡充された中,それでも費用をかけて私選弁護人を選任する必要があるのでしょうか。
まず,被疑者国選弁護人制度が拡充されたとはいえ,全ての段階,全ての事件に被疑者国選弁護人を請求できるわけではありません。
以下の場合には,被疑者国選弁護人を請求することができません。
被疑者国選弁護人が就かない場合
在宅事件の場合
被疑者国選弁護人制度の対象事件は,改正法が平成30年6月に施行された後も,「被疑者に対して勾留状が発せられている場合」でなければなりません。
それこそ,殺人事件の被疑者であっても,病気など様々な理由で,未だ勾留状が発せられず,病院や自宅にいたまま取り調べが進んでいる場合(いわゆる在宅事件の場合)には,被疑者国選弁護人を請求することはできません。
この場合にも,起訴後に被告人国選弁護人が就くのを待つか,被疑者段階から弁護人を付けたければ,勾留されて被疑者国選弁護人を選任できるようになるのを待つか,そうでなければやはり私選弁護人を依頼するほかありません。
たとえば,自動車運転過失致死傷罪の事件の場合,逃亡のおそれがないということで,逮捕,勾留されず,在宅のまま取り調べが進むことが珍しくありませんが,事故態様について主張が食い違う場合などは,被疑者段階から弁護人を選任しておいた方がよいケースと言えます。
逮捕の段階(勾留前の段階)
逮捕された直後も,上記2と同じく,未だ勾留状が発せられていませんので,被疑者国選弁護人は請求できないということになります。
もっとも,検察官は,身柄を確保しておきたければ,逮捕されてから48時間以内に,勾留請求をしなければならないことになっていますから(刑事訴訟法204条),逮捕から勾留までの時間はごくわずかしかなく,逮捕前(逮捕が予想されたケース)か,逮捕直後の段階で依頼を受けていないと,依頼を受けた時点からでは何もできないことも多いです。
とはいえ,事案によっては,逮捕直後から弁護人が効果的に活動することで,大きな成果をもたらすことがあります。
たとえば,お互い様のケンカなど早期に謝罪や示談をして互いに被害届を取り下げることで刑事事件化するのを回避したり,検察官に出頭を約束して勾留請求を回避してもらったり,裁判官に勾留理由が無いことを説明して勾留請求を却下してもらったり,といったことです。
期待どおりにいくケースは,それほど多くはありませんが,勾留前に弁護人を選任したければ,私選弁護人を選任するほかありません。
被疑者国選弁護人を選任することが可能な場合
では,被疑者国選弁護人を選任することが可能な場合であれば,私選弁護人を選任する必要はないのでしょうか?
国選弁護人と私選弁護人の違い
まずは,国選弁護人と私選弁護人との違いについて,言及したいと思います。
国選弁護人と私選弁護人の違いは,当たり前のことですが,前者は国が選任したもので,後者はあなたが(またはあなたの家族が)選任したもの(刑事訴訟法30条参照)という点です。
- 国選弁護人
刑事訴訟法に基づいて国が選任した弁護人。
被疑者,被告人から解任することはできない。 - 私選弁護人
被疑者・被告人と弁護士と委任契約に基づいて,本人や家族が選任した弁護士
解任は自由である。
両者の違いは,基本的には,それだけです。
私選弁護人は国選弁護人より優秀で熱心か?
以前私は,自分のHP上で,「国選弁護人は優秀であるとは限らない。」と書きました。 ですが,弁護士数の増加により,自ら刑事弁護人を標榜する弁護士も増加した昨今,「私選弁護人も優秀であるとは限らない。」と付け加えたいと思います。
一般の方からすると,私選弁護人のほうが優秀で熱心ではないかと考える向きもあるかもしれませんが,刑事弁護事件を扱う弁護士の多くは,私選事件だけでなく国選事件も扱っており,選任を受けた以上は,国選か私選かで活動内容に差をもうけるようなことはしていないはずです。
ですから,普通の弁護士であれば,国選だろうが私選だろうが,当たり前の活動は当たり前にしてもらえると期待して良いはずです。
当たり前の活動と言えば,時々,私選弁護人を売りにしている法律事務所のHPで,「○○事件で保釈を獲得しました!」「○○事件で執行猶予を取りました!」などと華美に宣伝されているのを見かけます。
もしそれが,弁護人として普通に活動した結果だとすれば,医者が「薬で風邪を治しました!」と書くようなもので,見ていてちょっと恥ずかしいです。
活動内容に変わりがない,私選弁護人だからと言って能力が保証されているわけではないと言うのなら,高い費用を支払って私選弁護人を依頼することなど,お金をどぶに捨てるようなものかもしれません。
“信頼できる私選弁護人”を探して依頼した方が良い場合
ただ,医師に能力のある医師とそうでない医師がいるのと同様に,弁護士にも優秀な弁護士とそうでない弁護士がいます。
私選弁護人が優秀とは限りませんが,少なくとも,国選弁護人制度を利用する場合には,自分が選任したい弁護士を選択することはできません。
皆さんは,自分の病気を医師に診てもらうときに,少しでも優秀な医師に見て貰いたいと思いませんか?
たいした病気ではないと思えば,近場の病院へ薬をもらいにいけばよいでしょう。
症状が落ち着いているのなら休業明けの月曜日の診察を受ければよいということもあるでしょう。
ですが,重篤な症状があるのであれば,必死に信頼できる医師や病院を探し,緊急外来であっても医師に診て貰うのではないでしょうか。
あくまでも私の考えですが,以下のケースでは,信頼できる私選弁護人を探すことができるなら,依頼した方が良いと思います。
1. 対象事件や時期により,被疑者国選弁護人制度が利用できない方で,早期に弁護活動をすることで結論が大きく左右する可能性がある場合
繰り返しになりますが,被疑者国選弁護人の請求は,勾留後の段階でなければできません。 たとえば,以下のケースでは,被疑者国選弁護人が就きません。
- 酔っぱらってケンカをして逮捕されてしまったが,早期に示談をすれば勾留されない見込みがある。→勾留されていない。
- 未だ逮捕はされていないが,知人女性から虚偽の被害届が提出され,「乱暴しただろう」などと疑われ,警察から呼び出しを受け,取調べを受ける予定である。→勾留されていない。
これらのケースは,弁護活動の必要性が高いにもかかわらず,被疑者国選弁護人が就くことはできない場合ですから,早期に私選弁護人を依頼した方がよいケースであると言えます。
2. 弁護活動の出来不出来が,結論に大きく影響を及ぼす可能性のある場合
事件の中には,どんなに優秀な弁護士が就いてもどんなにダメな弁護士が就いても,結論に大差がないだろうと思う事件があります。
他方で,弁護人が,きちんとこういう弁護活動をしていれば,あるいは,こんなおかしな弁護活動をしていなければ,こうはなっていないだろうと思う事件もあります。
勾留されるか否か,起訴か不起訴か,懲役求刑か罰金求刑か,保釈されるか否か,実刑か執行猶予か,微妙な事案であればあるほど,弁護人の方針の選択や,活動の仕方によって,結論が大きく左右する場合があります。
たとえば,以下のケースは,弁護人の力量が結論に影響しやすいと思います。
- 否認事件(事実関係を争っているケース)
- 示談の成否が,起訴か不起訴か,実刑か執行猶予かの結論を分けてしまうケース
あなたや家族にとって,逮捕,勾留,裁判などという事態は,人生の一大事のはずです。
もし,あなたや家族が,どんな弁護士でも良いとは考えないのであれば,早期に信頼できる弁護士を探すほかありません。
3. 勾留されている刑事事件以外のことにも相談に乗って貰う必要がある場合
国選弁護人は,その刑事事件の弁護活動を行うために国から選任を受けた弁護士です。その意味では,その活動内容に限界があります。
まず,国選弁護人は,各刑事事件ごとに選任されていますので,新たに選任を受けなければ,別の刑事事件の弁護人にはなれません。
たとえば,東京都で勾留された窃盗事件が東京地裁に起訴された後,神奈川県警察に逮捕勾留された場合,通常,東京地裁の時に弁護活動をしてくれた国選弁護人(東京三会の弁護士)とは別の被疑者国選弁護人(横浜弁護士会の弁護士)が選任されることになります。
次に,国選弁護人は,その刑事事件の弁護人として選任された者ですから,関連事件であっても,民事事件の委任を受けるのは難しいことが多いでしょう(当該事件の示談交渉や刑事訴訟法上の損害賠償命令の手続などは別です。)。
国選弁護人は,被疑者・被告人から金品を受領することを厳しく禁じられていますから,刑事裁判終了後の委任であって,比較的問題のないケースでも,当該事件の民事裁判など,誤解が生じやすいケースでは,依頼を受けても受任を断ることが多いと思います。
これに対し,私選弁護人はあくまでも私人間の委任契約に基づいて弁護人となっていますから,追加の依頼があれば,他県の裁判所で弁護活動を行うことも,刑事裁判中であっても民事裁判に立ち会うことは自由です。
たとえば,会社の代表者の方が逮捕,勾留され,その上接見禁止と言って,弁護士以外の一般人との面会が禁じられてしまった場合,仕掛かりの仕事の算段など,その刑事事件以外の連絡や相談事項が,ひっきりなしにある場合があります。
もちろん,国選弁護人であったとしても,可能な範囲で,そうした相談や連絡にも応じるわけですが,当該刑事事件限りで国から選任された弁護人であるという意味で,自ずと限界があります。
ですから,会社の社長さんが逮捕されてしまったようなケースでは特に,私選弁護人を選任されることをお薦めします。
さらに言えば,本当は逮捕されてしまってからでは遅く,逮捕される可能性が高いとわかっているのであれば,逮捕される以前から私選弁護人を依頼しておくか,少なくとも事前に相談をしておいた方が良いと思います。
そういう可能性があるなら,いざ逮捕という時に,会社が混乱しないよう準備しておくことも,社長さんの責任です。
4. 選任された国選弁護人の能力が低いと感じる場合,国選弁護人と意見が合わない場合
国選弁護人を請求する場合,皆さんからは,弁護士を選ぶことができません。
国選弁護人になる弁護士は,能力がある人,無い人,相性が合う人,合わない人,男性,女性,若手,ベテラン,忙しい人,暇そうな人,本当に様々です。
解任ができるのは裁判所だけで,皆さんからは,その弁護人を気に入らない,意見が合わないからといって,国選弁護人を解任する権限はありません。
被疑者,被告人の立場から国選弁護人を解任してもらう方法が1つだけあります。
それは,私選弁護人を依頼することです。
私選弁護人が就けば,裁判所は理由にかかわらず,通常,国選弁護人を解任します(刑事訴訟法38条の3)。
とはいえ,あとから私選弁護人を依頼するようなことをすると,裁判所から“わがままな人”だという心証を持たれるかもしれません。
たしかに,そういう可能性はありますが,今勾留されていることは,あなたにとって“一生を左右する一大事”のはずです。
合わない国選弁護人と手続を進めて判決を受け,後になって,「あの弁護人のせいで・・」などと恨んだり後悔するくらいなら,早い時期に信頼できる私選弁護人へと切り替える決断も必要です。
さきほど,裁判所に“わがままな人思われるかも”と書きましたが,後から親族等が費用を工面して私選弁護人が選任されることも珍しくはないので,勾留後の早い時期であれば,それほど心配することではないと思います。
設例に対する回答
最後に,設例に対する私の回答を書きます。
設例の場合,まずは信頼できそうな弁護士を探し,大至急,相談に行くべきです。
お兄さんのケースで,私選弁護人を選任したほうがよいかどうかは相談した結果をふまえて決めればよいでしょう。
刑事弁護は,必要な活動を時機に応じて行う必要があり,時機を逃してしまうと取り返しがつかないことがあります。
たとえば,酔っぱらい同士のケンカだから数日で出られるだろうと甘く考えていたり,素人判断で必要な活動が後手に回るようなことは避けなければなりません。
あなたから相談を受けた弁護士は,少なくとも,①逮捕された事案の内容を確認し,②逮捕された直後から弁護活動する必要があるのか,必要だとして可能であるのか,③勾留された場合の弁護活動としてどのようなことが可能か,④その弁護士が考える事件の見通しなどについて,説明をするはずです。
相談をした弁護士に依頼する義務はありませんから,依頼するかどうかの結論は,他の弁護士の意見を聞いてからということでも,その弁護士に本人と会ってもらってからと言うことでも構わないと思います。
まずは,現在置かれた状況や,見通しを知ることが大事です。
弁護士に依頼する場合には,費用の問題も肝心ですから,きちんと費用の説明もしてもらいましょう。接見日当や保釈請求等を別枠で計算する契約も多いので,そうであれば,そうした費用も含めた検討も必要だと思います。
結果として私選弁護人を依頼することが無かったとしても,あなたが相談に行かれたことが無駄になることはないと思います。
是非,弁護士の法律相談を,積極的に活用してください。